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東京地方裁判所 昭和32年(行)40号 判決

原告 金元植

被告 労働保険審査会

訴訟代理人 朝山崇 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

原告は被告が昭和三一年労第九三号障害補償等級決定取消再審査請求事件について昭和三二年三月三〇日附でなした裁決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。との判決を、

被告指定代理人は主文と同旨の判決を、各求めた。

第二、当事者の主張

一、原告の請求原因

(1)  原告は昭和三一年五月二六日福岡市沖浜町所在東洋埠頭株式会社博多支店に日雇として雇われ、

三号倉庫において重量一〇〇瓩の台湾米入麻袋を搬入中歩板のため右足内踝部に業務上の負傷(医師斎藤辰巳の診断によれば右足関節部挫傷兼骨膜損傷)を被り藤木医師の次で斎藤医師の治療を受け、同年六月二九日治癒した。

(2)  しかし受傷部位に障害を残したので、福岡労働基準監督署長に障害補償の請求をしたところ、同署長は同年七月一二日原告の障害は労働者災害補償保険法施行規則別表第一身体障害等級表一四級の九号(局部に神経症状を残すもの)に該当するものとして、その等級に基く障害補償費三九、〇〇〇円を支給する旨決定した。

(3)  しかしながら原告の障害は現に疼痛のため従前の労働に服し得ない程であるので右に認定された程度を超え、等級表一〇級の一〇(一下肢の三大関節中の一関節の機能に著しい障害を残すもの)又は少くとも一二級の一二(局部にがん固な神経症状を残すもの)に該当するものである。したがつて右処分は不当であるので福岡労働者災害補償保険審査官に審査請求をしたところ、同年七月一三日附で監督署長の処分は正当であるとして、この請求は棄却された。よつて更に被告審査会に再審査の請求をしたが、昭和三二年三月三〇日附で再審査の請求を棄却する旨の裁決がなされ、同年四月一八日その裁決書の謄本を受領した。

(4)  右のとおり被告の裁決は障害等級の認定を誤つた違法の行政処分であるのでその取消を求める。

二、被告の答弁〈省略〉

第三、証拠〈省略〉

理由

原告が請求原因として主張する一の(1) 、(2) の事実及び(3) 事実中原告の障害が一〇級一〇号又は一二級一二号に該当するとの点を除くその余の事実は当事者間に争がない。

原告は右足関節部の傷害の治癒後同部に残した障害は身体障害等級表一〇級の一〇号又は一二級の一二号に該当するのに拘らず被告が一四級の九号に当ると認定したのは誤りであると主張するのでその当否を判断する。

(イ)  先ず足関節の機能障害の有無について

成立に争のない乙第一号証、証人荒谷元八郎の証言により正しく作成されたと認められる乙第四号証、証人斎藤辰巳の証言により正しく作成されたと認められる乙第六号証の各記載と証人斎藤辰巳、藤木広の各証言を総合すれば、原告は受傷当日から昭和三一年六月四日頃まで藤木医師の診察を受けたがX線撮影の結果骨折が認められないのでイヒチオール塗布、鉛糖水湿布ザルブロ注射による治療を受け、腫脹を少し残す程度に回復した際同月五日斎藤医師に転医し、同医師からもx線撮影による診断を受けたが骨折等の異常が認められなかつたため、前と同様の治療を受け同月二九日足踝部の疼痛を訴え破行をなしていたが他覚的には僅かに局部にびまん性腫脹がある外症状が固定し治療の必要がなかつたので治癒とされたこと及び足関節の機能障害は存しなかつたことを認めることができる。

右認定によれば、治癒時における原告の受傷部位の障害は障害等級表一二級七号(一下肢の三大関節中の一関節の機能に障害を残すもの)に当らないというべきであり、したがつてそれより重い程度の一二級一〇号にも当らないこと明らかである。

その他原告の提出援用にかかる証拠をもつてしても、右認定を覆えし原告の障害の程度が一二級七号又は一二級一〇号に相当する足関節に機能障害のあることを認めるに足りない。

(ロ)  次に神経症状について

前掲乙第一号証の記載によれば、斎藤医師は治癒当時原告の受傷部位の障害についてびまん性の腫脹と内踝部の直下における極めて高度の圧痛を理由として局部に頑固な神経症状を残すものと診断したことが認められるので、右の程度は一応等級表の一二級の一二号に該当するように見えないではない。

ところで一二級一二号にいう頑固な神経症状とはどのような場合を指称するかの点を考察するに、鑑定人高橋正義の鑑定の結果によれば、治癒当時受傷部位に残存する疼痛等の神経症状がその後六カ月以上経過しないと消退する見込がないばかりでなく、その症状が骨折、骨膜損傷、内出血、化膿等による器質的な異常に起因すると診断される医学的根拠を要するものと解すべきであり、またこの解釈は障害等級表の設定された趣旨と一二級一二号に規定された他の症状との比較均衡上相当と考えられる。

しかるところ前記斎藤医師の診断は証人斎藤辰巳の証言によれば、原告からの疼痛の訴が医学的常識を遙に超える高度のものであつたので受傷部位に骨膜の損傷あるものと推定し、これに起因した疼痛と判断したことが認められる。

ところが前記高橋鑑定人の鑑定の結果によれば、原告の受傷部位のレントゲン写真(検乙第一ないし第四号証)によつて骨膜の損傷を認め得られないと診断するのが相当であるので、斎藤医師の骨膜損傷を推定する旨の診断は正当なものということができず、したがつて乙第一号証の前記記載は採つてもつて原告の主張するように受傷部にがん固な神経症状を残す旨の事実を認むべき資料となすに足りない。

その他原告の立証によつても原告の障害が骨折、骨膜損傷、内出血、化膿等の器質的異常に原因することを認めるに足りないばかりでなく、却つて高橋鑑定人の鑑定の結果によれば、前記レントゲン写真によつて原告には足の血管に動脈硬化のあることが診断され、この血管の病的現象の故に同鑑定人が昭和三三年六月一六日頃原告を診察した際にも原告は受傷部に疼痛を訴えたこと、したがつて原告の受傷部の疼痛は骨折等器質的異常のない限り二、三週間の治療により治癒消退すべきところ、動脈硬化なる病的原因のため疼痛の消退が遅延していることを認めることができる。

してみれば現に原告が受傷部に疼痛を覚えるとしても、その症状は動脈硬化が原因であるというべきであり、かつ骨折骨膜損傷等の器質的異常に原因するものでもないから、その症状は一二級の一二号に該当するというに足りない。

以上の次第で被告が原告の障害を一二級一二号に当らないものとし、一四級九号に相当の程度と判定したのは違法と認められないので、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条に則り主文のとおり判決する。

(裁判官 西川美数 大塚正夫 伊藤和男)

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